離れて暮らす家族へ:対象者の「自分で決めたい」気持ちを支える尊厳介護のステップ
遠距離でも尊重したい、大切な家族の「自分で決めたい」気持ち
遠方に住む家族にとって、親御さんや大切な方がこれからどのような生活を送っていくのか、介護が必要になった際にどのようなケアを望むのか、考える機会は少なくないでしょう。介護について具体的な知識がない場合、どのように関われば良いのか、何から始めれば良いのかと不安を感じるかもしれません。特に、「親が自分で決めたことを尊重したい」という思いがあっても、離れているとそれが難しいと感じることもあります。
尊厳介護において、対象者の方の「自分で決めたい」という自己決定の意思を尊重することは非常に重要です。たとえ遠距離であっても、その気持ちに寄り添い、支えることは十分に可能です。この記事では、離れて暮らす家族が、対象者の方の自己決定を尊重し、その思いを支援するための具体的なステップと心がけをご紹介します。
1. 「自分で決めたい」気持ちを理解する第一歩:変化のサインに気づく
対象者の方の「自分で決めたい」という意思を尊重するためには、まずその意思がどこにあるのかを理解することが大切です。しかし、遠距離では直接的な変化に気づきにくいものです。
- 短い連絡でも「いつもと違う」に意識を向ける 週に一度の電話や短いビデオ通話でも、声のトーン、話す内容、話題の選び方、沈黙の長さに変化がないか意識してみましょう。例えば、いつもは活動的な話題が多かったのに、最近は特定の不満を繰り返す、あるいは「もう何でもいい」といった消極的な発言が増えたなどの変化は、何らかのサインかもしれません。
- 第三者の意見も貴重な情報源 近隣に住む親戚、友人、かかりつけ医、地域の民生委員など、対象者の方と日常的に接している方からの情報も大切です。事前に本人の同意を得て、こうした方々との緩やかな連携を図ることで、見えにくい変化を知る手助けになります。
- 遠距離でも実践できる「傾聴」の姿勢 話を聞く際には、途中で意見を遮らず、まずは相手の言葉に耳を傾ける「傾聴」を心がけましょう。たとえ遠隔であっても、「うんうん」「なるほど」といった相槌を挟み、相手が話しやすい雰囲気を作ることで、本音を引き出しやすくなります。
2. 情報提供の工夫:選択肢を「本人に選んでもらう」ために
対象者の方が「自分で決める」ためには、適切な情報が不可欠です。しかし、情報が多すぎたり、専門的すぎたりすると、かえって判断を迷わせてしまうことがあります。
- 一方的な提案ではなく、複数の選択肢を提示する 「こうした方が良い」と決めつけるのではなく、「Aという方法とBという方法がありますが、どちらが良いかと思われますか?」というように、いくつかの選択肢を提示し、ご自身で考えてもらう機会を作りましょう。
- 専門用語を避け、平易な言葉で説明する 介護サービスや医療に関する専門用語は、知識がない方には分かりにくいものです。例えば「地域包括支援センター」であれば「地域の高齢者の暮らしを支える相談窓口」のように、平易な言葉で補足説明を加えましょう。
- メリット・デメリットを簡潔に伝える それぞれの選択肢について、本人にとってのメリットとデメリットを、感情的にならず客観的に、簡潔に伝えます。これにより、本人が納得して選択する手助けになります。
- 具体的な声かけ例
- 「いくつか方法があるようですが、お父さんはどう思われますか?」
- 「Aのやり方とBのやり方、どちらが良さそうだと感じますか?」
- 「もしよろしければ、それぞれの良い点や困る点を一緒に考えてみませんか?」
3. 遠距離でもできる「意思確認」の具体的な方法
対象者の方の意思を確認するためには、時間をかけた丁寧なコミュニケーションが不可欠です。
- 定期的な対話の機会を設ける 電話やビデオ通話で「今週は何か困ったことはありませんでしたか」「これからどうしていきたいですか」といった問いかけを、穏やかなトーンで定期的に行います。すぐに答えが出なくても、焦らずに「また今度、ゆっくり話しましょう」と伝えることも大切です。
- オンラインでの家族会議を提案する 兄弟姉妹など他の家族がいる場合、オンライン会議ツールを活用して定期的に家族会議を開くことを検討しましょう。全員で情報を共有し、対象者の方の意思をどのように尊重していくかを話し合うことで、認識のズレを防ぎ、連携を強化できます。
- ケアマネジャーなど専門職との連携 介護に関する相談は、ケアマネジャーや地域包括支援センターの職員が専門です。事前に本人の同意を得た上で、こうした専門職に相談し、本人の意思を伝えてもらう、あるいは意思確認の場に同席してもらうなどの協力を仰ぐことも有効です。
- 本人の意向を記録する大切さ 本人が元気なうちに、将来の希望や医療・介護に関する意思を、エンディングノートや意思表示シートなどに記してもらうことを提案することも一つの方法です。これは、本人の意思が確認しにくくなった時に、その思いを尊重するための大切な手がかりとなります。
4. 「決められない」時も尊重する姿勢:急かさずに見守る
時には、対象者の方がすぐに結論を出せない、あるいは決めること自体が難しいと感じる場面もあるでしょう。そうした時も、その気持ちを尊重することが重要です。
- 焦らず、考える時間を提供する 判断を急がせることは、かえって本人の尊厳を傷つけることになりかねません。「今は決めなくて大丈夫です。もう少し考えてみて、また教えてくださいね」と伝え、考えるための時間と心理的な余裕を提供しましょう。
- 判断能力の低下がある場合の対応 認知機能の低下などにより、ご自身で意思決定が困難になった場合でも、本人の「残された意思」を最大限に尊重する努力が必要です。これまでの言動や価値観、好みを振り返り、本人が生きてきた中で大切にしてきたことは何かを家族で話し合い、最善の選択を検討します。
- 「今日は無理せず、また今度ゆっくり考えましょう」 このように具体的な声かけで、相手に安心感を与え、プレッシャーを感じさせないように努めましょう。
まとめ:遠距離でも変わらない、自己決定を支える心
遠距離にいるからといって、大切な家族の「自分で決めたい」という気持ちを尊重できないわけではありません。日々の小さなコミュニケーションから変化のサインに気づき、分かりやすい情報を提供し、時間をかけた対話を通じて意思を確認する。そして、時には結論を急かずに待つ姿勢も大切です。
介護は、誰かに一方的に「してあげる」ものではなく、対象者の方の人生の歩みを共に支え、伴走することです。自己決定の尊重は、その最も基本的な部分であると言えるでしょう。直接会う機会が少なくても、本人の思いに寄り添い、その人らしい人生を最後まで全うできるよう、私たち家族ができる尊厳介護のステップを実践していきましょう。